人材の国際化抜きに格差社会は語れない
2007年 08月 28日ブログという短い文章の中で「格差」について語るのは
難しいのですが、先の参議院選挙でも一つのテーマと
なった「格差」問題の本質はどこにあるのか。
一言で表すならば、僕は「人材の国際化」にあると思う。
もう10年ほど前から単純労働はどんどんと海外、特に中国に
流出した。
今ではその中国でさえ人件費が高騰し、日本企業は
拠点を中国からタイやインドネシアに移転している。
例えば、パソコン。
以前は国内の工場で生産していた。
だから、地方はこぞって工場を誘致し、雇用を創出していた。
しかし、既にパソコンは国内で製造するより
海外で製造した方が人件費がグッと安く抑えられる。
日本は四方を海に囲まれているから意識しにくいが
国内における労働も海外と競争しているわけだ。
ここを見落とすと、僕は格差の解消にはならないと思う。
だから誰もが作れるモノを作っていたら
日本は衰退の一途を辿る。
いかにして地方が国際競争力を持つか。
ここを今こそ真剣に考えていく必要がある。
魚沼産コシヒカリや青森のりんご「津軽」、
和歌山の「紀州みかん」など日本のブランド農産物が
中国では驚くほど高額で販売されている。
農業であっても国際競争力を持つことは可能なわけだ。
今、米国における家庭教師の多くはインド人です。
それもインターネットを通じて、
インドにいるインド人に数学を習う。
米国ではそういう時代が到来している。
米国人の高い授業料に比べて、インド人の方が安い上に
数学が得意な人材が多いから、こうした事態になる。
労働だけでなく頭脳さえ、国際競争力の波にさらされる。
日本も例外ではないはずだ。
以上の前提に立って、国内の格差解消を語る必要があるだろう。
そして、その際には教育問題も避けて通れない。
これについては、また稿を改めて考察しようと思う。