伊藤ひろたか

結果の平等ではなく機会の平等を実現すべき

2008年 02月 06日

小泉元首相の劇場型政治が世に認知されたころから、
格差社会という言葉がマスコミをにぎわすようになっている。
曰く、日本は所得格差が広がり始めている、など。
確かに年収3000万超のお金持ち、貯蓄が1億円を超えるお金持ちが
増えているのは事実で、その一方で日本の世帯平均年収は約564万円。
だから格差が広がったというわけだ。


ただ、私は冷静な議論が必要だと思う。
一生懸命働いた結果の報酬であれば、認めるべきではないか。
それよりも、むしろ、機会の平等を目指すべきだと考える。


今、資本主義社会は曲がり角を向け、アメリカでは既に
知識資本主義社会に突入しつつある。
今までは資本を持った経営者が、そのリソースをつぎ込み、
数の論理で富を得たわけだが、今は資本以上に頭脳を
いかに集積できるかが富を築く分かれ道になっている。


残念ながら、この厳然とした事実に気付いている人は少ない。
少なくとも社会人とはほど遠い世界にいる中・高校生ほど
その実感がないはずだ。


私がかつて大学生のころ、塾で高校生を相手に数学や物理、科学を
教えていた。
その当時、よく高校生に「先生、そんなに勉強する必要あるんですか?
私、恋愛とかバイトの方が大切なんです。今が楽しければいいと思うんです」。
こんな言葉をよく投げかけられた。


確かに今が楽しければいいのであれば、その通りだ。
しかし、前述した通り、世界は資本主義社会という、その形態を少しずつ
変容させている。
今まで以上に知識が、頭脳がモノを言う時代に突入しつつある。
そのことをしっかりと若い学生たちに伝えていかないといけない。
果たして、その危機感が日本の教育機関にあるのだろうか。


日本の産業界はもう既に動き始めている。
国内の大学から優秀な学生が確保しにくくなっている事実に向き合っているから
中国やインドなどに研究拠点を構え、そこで日本人よりも格段に優秀な技術者
を高い報酬で雇用している。
そのように、近年舵を切りつつある。


つまり、私が思うに等しく教育を受ける機会こそ平等にすべきなのだ。
残念ながら、今の日本、とりわけ首都圏はお金を持っている人ほど
私学に進学する。
そして私学ほど進学実績が高かったりする。
もちろん、一般的な傾向として、の話だが。


ちょっと話がそれてしまったが、教育の競争相手は世界だ。
アメリカであり、中国であり、インドの学生たちが競争相手だ。


だから、日本でも早く機会の平等を実現しなくてはいけない。
公立であっても私学に負けない教育、人材育成を図れるよう、
かつて都立高校全盛時代が再び訪れるようにすべきではないかと思う。
実は横浜市では理工系へ進学する学生を教育しようということで
平成21年度に横浜市立サイエンスフロンティア高校の開校を控えている。


スタッフには著名な科学者、技術者が連なる。
既に日経新聞や私の古巣である日経BP社など新聞や雑誌も
注目を集めている。
ぜひとも、目玉となる校長を招聘し、優秀な学生をたくさん集めてもらいたい。


そして、横浜から公立教育の活気を取り戻してもらいたい。
そのためにも微力ではあるが、私も幾分かのお手伝いをしていきたいと考えている。

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