伊藤ひろたか

日本のカタチ、横浜市のカタチ

2008年 05月 08日

いよいよ5月下旬から第2回定例会が始まります。色々な条例が市側から提案されるわけですが、私としても悩みどころとなりそうなのが市立図書館に対する指定管理者の導入の是非。


これは結構、判断が難しい。そもそも図書館は過去に指定管理者制度を導入した施設(スポーツセンターや地区センターなど)と違い、収益を生まない施設です。税金で蔵書を維持・管理するのが仕事ですから、そこから利益が上がるわけがありません。赤字になって当たり前なのです。いくら民間の活力を利用するという美しい掛け声の下、指定管理者制度を導入したところで、どうやって運営していくのでしょうか。民間企業は慈善団体ではありませんから、どこかでマージンを取るわけです。図書館の業務を考えたときに、効率化が図れる余地は極めて少ないと思うのです。


言葉というのは非常に難しく、「官から民へ」というフレーズは一見分かりやすいだけに、実は考える側も思考停止に陥りやすい。だからこそ判断が難しくなります。


今、私たちが問われているのは自治体のあり方なのだと思います。一体、税金で何を、どこまでカバーすべきなのか。本当は正にこの点を選挙で問い、市民の判断を仰ぐのが理想なのでしょう。私は赤字であっても自治体が担うべき業務というのはあると思います。もちろん、ムダ使いがあってはいけませんが、業務の性質からして、そもそも赤字になるものがあるわけです。図書館だってそうです。


もし指定管理者制度を導入して市立図書館の管理運営がスリム化され、市にとってもメリットがあり、一方で業者も利益が上がるというのであれば、なぜ、永田町にある国立国会図書館に指定管理者制度が導入されないでしょうか。蔵書数も莫大ですから、国立国会図書館の方が民間企業にとってスケールメリットが出るはずです。


きっと国立国会図書館はずっと国が維持・管理をするでしょう。色々な判断があると思いますが、おそらく、指定管理者制度を導入して(仮に業務の効率化が図れたとして)浮くコストが、国の全体の歳出からみれば、微々たるものだから、導入するメリットがないのだと思います。むしろ、わずかなコスト削減のために、数字には表れない部分でしわ寄せが発生するのではないでしょうか。


市立図書館も私は基本的には同じだと思うのです。効率化も大事なのですが、果たして効率化できる部分が一体どれほどあるのかと考えれば、ほとんどないと思います。ちょっとこの辺をこれから調べたいと思っています。


今、国でも上げ潮派もいれば、増税派もいます。上げ潮派は「まずは行政のスリム化を実現しつつ、経済を好転させれば税収が上がる。増税はその先だ」と主張しています。一方の増税派は「埋蔵金があるとか、スリム化するとか言っているが、国の800兆円の借金の前には微々たるものだ。もちろん、ムダ使いは削減していくが、それだけではもう耐えられない。上げ潮派はどう経済を好転させるか具体論がないじゃないか。だから増税だ」と主張。


結局、国の役割が問われているのだと思います。年金制度も保険制度も日本は世界で類を見ない形を作り上げた。国民負担は小さく、保障は厚く。よく北欧が例に出されますが、かの地域の税率は日本では想像できないくらい高い。高負担を国民が受け入れているからこそ、大学まで教育費がタダだったり、医療費が安くかったり、ゆりかごから墓場まで面倒を見る仕組みになっているわけです。その反対が米国。


ちょっと話が逸れましたが、これからの日本は、横浜市は一体どこに向かうのか。それが問われているのだと思います。市立図書館への指定管理者制度の導入を巡って、そんなことを考えています。

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