伊藤ひろたか

おばあちゃんの知恵は地方分権で復活する

2008年 08月 14日

向こう三軒両隣。古き日本をうまく言い表した言葉だと思います。いい面、悪い面あるわけですが、やはり、何と言っても今の日本は核家族化が進んだことで先人の知恵が若い世代に伝承されにくくなっています。悪いことをすれば、ビシッと叱ってくれる、いいことをすれば、褒めてくれる、そんなコミュニティが緩やかでもいいから復活すれば、と常々感じています。


最新号の文藝春秋に横溝千鶴子さんの手記が載っています。みなさん、覚えているでしょうか。横溝さんは自分が生まれ育った故郷、神奈川県南足柄市に教育基金として10億円を寄付した方です。2007年11月のことでした。個人が自治体に寄付するにはあまりに高額であったこと、さらに教育基金と使途を明確にしたことなどから大きな注目を集めました。


私は横溝さんの手記を読み、正にこの内容こそ私たち若い世代が目を通さなければいけないものであることを痛感しました。手記のうち、私が特に日々、心の中で感じていたことを代弁している箇所を列記してみます。


女学校の頃から、いつかは世の中のために寄付をしたいと思っていました。その手段として事業での成功があった、というのが私の人生。



家は地主でしたからお米には困りませんでしたが、父の口癖は腹八分。健康に留意してのことでしたが、父は常に節度を重んじ、贅沢を戒めていました。



贅沢って何なのか、私にはよくわかりません。テレビをつけると四六時中グルメだなんだと言っていますが、あれ、贅沢ですか?そのためにメタボになって体をこわしているだけじゃないですか。



私の暮らしぶりが、黒電話のダイヤル式だとか、洗濯機が二槽式だとか、テレビがブラウン管だとか、ことさらに報じられましたが、何が珍しいのでしょう。壊れていないから使っている。ものは大事にしなきゃいけない。そういう考えは当たり前だったはずなのに。


今を生きる私たちは合理的、科学的になったと思いがちですが、横溝さんのような物心両面で真の豊かさを手に入れた人から見ると、不思議でならないようです。


さて、このブログのタイトルです。今回、横溝さんの手記を読んで、改めて意を強くしたのですが、やはり先人の知恵はしっかり後世に伝えていかなければいけません。本当は文字という情報ではなく、口伝だと思うのです。それにはやはり、ある程度家族の単位が大きくなければいけない。同じ屋根の下ではなくとも、近くに住んでいるくらいの、緩やかなコミュニティが今の日本に必要だと思うのです。


地方分権こそ、緩やかなコミュニティの復活の1つの手段だと最近考えています。道州制の導入によって、地域ごとに課税から政策から独自色を出せるようになれば、アメリカやヨーロッパがそうであるように、地域に留まる人が増えるはずです。もちろん、道州制の導入だけで対応できるわけではありませんが、大きなキッカケになります。


今のまま、東京一極集中が続くのは日本にとって幸せなことではありません。知恵が伝承できないばかりか、東京が転べば、日本が転んでしまいます。東京が転んでも、大阪がある、仙台がある、金沢がある、福岡がある、といった状態にしておくことは日本にとってリスクヘッジにもなるのではないでしょうか。

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