首長ってそんなに軽い存在なんですかね?
2008年 10月 04日中山元大臣が政界から引退するとの報道がありました。これを受けて、いくつかの新聞で東国原知事に国政転出へ打診されているとの報道。知事自身も「可能性はゼロ」ではないと発言しています。擁立が決まったとの報道もありました。
彼の国政への転出という話は以前から出ており、私もブログで取り上げたことがあります。それにしても、首長というのはそんなにも軽い存在なのでしょうか。彼が知事になって、まだ2年。一体、彼は知事としてどういう実績を上げたのでしょうか。せめて1期4年の任期を全うしていから、国政を目指すべきではないでしょうか。「県民が宮崎のために国で働けと言うのであれば、やぶさかではない」と言っているようですが・・・・。
一国会議員よりも首長の方がやれることは多いはずです。確かに中央官庁に箸の上げ下ろしまで指図されるという面はあるにしても、今、彼が国会議員になったところで活躍の場が減るのは目に見えています。それに、そもそも「宮崎のために国で働く」という発想自体が、今、国民から批判を浴びている土建政治そのものではありませんか。
自民党の改革派、あるいは民主党の中の保守層は道州制を描いています。地方でやれることは地方で、という方向です。国がやることは外交と安全保障、経済政策と限られた機能にしていこうというのが流れ。中央官庁の反対も大きいため、一朝一夕には実現しないにしても、地方に権限と財源を移譲していこうと考える国会議員が増えています。
こういう流れの中で「宮崎のために国で働く」って一体、どういうことなんでしょうね?不思議で仕方ありません。正直、こういう人が後を絶たないために政治不信というのがなくならないのだと私は思います。そして地方政治が軽く見られるのです。
選ぶのは有権者です。今回の件に関して言えば、宮崎県民の意識が問われているのだと思います。もっとも、東国原知事は世間の風を読むのはうまいはずですから、県知事に留まることもあり得ます。彼が国政への決断を下すか否か、それを決めるのは宮崎県民の声なんだと思います。