写真で見るONOMICHI U2、SHARE、湊のやど、デニムプロジェクト

ONOMICHI U2にあるベーカリー。美味しそうなパンが並んでいました。

せっかくの素材が大袋で売られていて、若い人が買ってくれない。そんな問題を解決したのがこの商品。小分けにして、デザインをおしゃれにしたことで若い人が買ってくれるようになりました。デザイン一つで購買の動線を変えています。

作業所とのコラボ。京都の久遠チョコレートや熊本のSLOW GELATOなど、各地で取り組みが増えている、障害者が作る品質の高い商品を適正な価格で販売する取り組み。ONOMICHI U2でも。コンテンツそのものはすでに地域にある。それをしっかり発掘してプロデュースする。この商品もパッケージデザインはONOMICHI U2で。

ONOMICHI U2のショップ店員がポルトガルから買い付けてきた食器。コスタ・ノバというブランドで、尾道と非常によく似た雰囲気の町から生まれたブランドとのこと。こんなところにまで、尾道をプロデュースする姿勢が垣間見えました。

尾道へのこだわりを感じたといえば、このランプ。ONOMICHI U2の中にあるバーに使われているランプ。これ、何のランプが分かりますか??これは漁船に使っているランプだそう。尾道で雇用を生み出すと同時に、こうしたちょっとした工夫から、ここで働く人たちは町への誇り、ここで働くことの誇りを覚えるのではないでしょうか。それはお金では変えない価値だと思いました。

ONOMICHI U2の中にあるホテル「HOTEL CYCLE」のフロント。とってもオシャレ。

HOTEL CYCLEはサイクリストが自転車のまま、チェックインできて、自転車をそのまま部屋に持ち込めます。日本初。アメニティや家具もこだわったつくりになっています。

Paul Smithのサイン。なんでも、プロのサイクリストになりたかったそうで、そんな自転車を愛するPaul Smithは年に2回、尾道を訪問しているそう。その際にONOMICHI U2に立ち寄ったPaul Smithが残したサイン。

U2の「U」は上屋=UWAYAの「U」。元々は広島県が所有する県営上屋2号という開運倉庫でした。

ONOMICHI SHAREの外観。ここの2階がディスカバーリンクせとうちが手がけるシャアオフィス。建物の目の前が海という一等地にありながら、元々は尾道市役所の書庫になっていました。書庫として使うのはもったないということで、書庫は別の場所に移動して、シェアオフィスへ。

ONOMICHI SHAREの中の様子。壁をぶち抜いてガラス窓をはめ込んだことで、海が一望できる最高の空間に。尾道市からは「移住者向けに」という条件が当初付されおり、その結果、尾道市民が使えないという状況だったそうで。。。この点は現在、改善されました。

こんな景色も独り占め。本当に贅沢な空間、環境だと思います。

ONOMICHI SHAREに使うアンティーク家具は買い付けを含めてデザイナーに任せたそうです。こんなソファーに座って打ち合わせをしたら、いいアイデアがどんどん浮かびそう!

ソファーに座って写真を一枚。

会議室もあります。ONOMICHI SHAREは利用時間は18時までとのことですが、会員の場合は24時間出入り可能。尾道市民も利用できるようになったことで、今後、さらに利用者が増えそうです。

続いて、湊のやど。夕刻にお邪魔したため、いい写真が取れなかったので、ホームページから転載。僕の下手くそな写真を載せるより、こっち方がいいと判断して。実はディスカバーリンクせとうちの最初の事業は、この古民家の再生。尾道の山の中腹にある2邸をリノベーションして宿泊事業を展開。内覧させてもらいましたが、設えに大変お金がかかっているのが分かりました。外国人旅行客が連泊する、そんな使い方がされているそうです。HOTEL CYCLEもいいけど、こちらの湊のやどはまた違った空気をまとっていて、僕は好きです。

最後に尾道デニムプロジェクト。備後地方が世界に誇るデニムのクオリティと、尾道のまちの魅力を世界に向けて発信しようと始まったプロジェクト。漁師や大工、住職、農家など尾道で暮らし、尾道で働いている人たちにデニムを1年間履き続けてもらうことでユーズドデニムを作っています。機械加工では作り出すことのできない、仕事や日々の生活の中で刻まれたシワや自然な色落ちなどの、生活から生まれる個性から尾道の暮らしを購入者に伝えています。ドイツの有名ファッション雑誌の編集長も噂を聞きつけて購入したそうです。

写真で見る、ディスカバーリンクせとうち、いかがだったでしょうか。尾道市の人口は約13万7000人。横浜市でいうと、栄区とほぼ同程度。そういう中でこれだけのプロジェクトを展開し、世界に魅力を発信しようとしています。しかも事業として。リスクを取って。もちろん、ディスカバーリンクせとうちだけではありません。NPO法人空き家再生プロジェクトのような動きもあります。理想を掲げつつ、どうにもならない厳しい現実もあると思います。そういう中で、街の歴史、人々の営みを大切にしながら、守りながら、それを事業にしていく、こんな取り組みが地方で始まっています。日本の働き方が変われば、暮らし方が変われば、こういう場所に日本人ももっともっと、時間をかけて滞在できるようになると思います。そういう社会を作っていくのが政治家の一つの役割です。戦後の焼け野原から立ち上がった日本が豊かになることを目指して進んできて、それはそれで、その時代に必要だったことだと思います。一方でその追い求めてきた豊かさが達成されたころ、人口減少・高齢化という新しいフェーズに突入した今、次の「豊かさ」を作っていく時代に入っています。そういう萌芽はこうした地方都市にこそ、見つけることができます。いい日本を、いい横浜を、作っていきたいものです。

your action is our future!〜最高にワクワクする横浜を、つくろう。