変わる大学入試vol1〜その改革と背景

2020年から変わろうとしている大学入試。 これは高大接続改革であり高校教育改革である。そして、結果として大学教育改革へとつながるものだ。

単なる知識であればインターネットで調べれば用が足りる時代だ。言われたことを黙々とこなすだけでは仕事は成り立たない。多くの情報を整理して把握をし処理をする人材がこれまでは優秀とされた。しかし、これからはどうなのだろう。そうした仕事は機械に置き換えられようとしているのではないか。

高度情報化社会の到来のみならず、社会構造が複雑化する中で、社会が求める人材像が変わろうとしている。求める人材像が変われば、これまでとは違った観点で人材は評価される。 このことが大学入試にまで下りてきている。つまり、大学入試で問われること、評価される観点が変ろうとしているのだ。

第Ⅰ回目は、いま文部科学省の中央教育審議会等で議論が進められている大学入試改革(高大接続改革)の背景を解説する。 この背景を理解しなければ、今回の改革をうまく理解できないであろうからだ。(教育ジャーナリスト・後藤健夫)

 

従来、企業などは、多くの情報(知識)を手際よく正確に処理することを求めてきたが、これからは情報(知識)をコンピュータが処理してくれる。これから社会が求める人材は、起きている事案に適切な課題設定をすることや「正解がない問題」に最善解を見いだす能力を問われることになろう。  

 

そのときにいまのように知識の多寡を問うような試験問題で求める人材を選抜できるだろうか。求める人材像が変われば選抜試験の評価の観点も変えなければならないのだ。

 

いまの大学入試では答えが1つに決まる問題をより早く正確に解くことが求められている。これは私大文系であろうが東大理Ⅲであろうが同じである。いまの大学入試は、答えが1つに決まらなければ採点をして順位をつけて合格者を決めることができない仕組みになっている。自由英作文であっても答えが一つに決まるように誘導をかける出題もあると言われている。

 

そして、万一、答えが複数になってしまったら答えが一つに決まるという暗黙のルールを逸脱したとして受験生や高校から批判を受け、廃問とされて全員に得点を与えられるというみっともないことになってしまう。2015年1月に行われた大学入試センター試験の世界史Bでもそのようなことが起きて受験者全員に得点を与えた。

 

文部科学省では、小学生、中学生を対象に学力・学習状況調査のために「全国学力テスト」を実施している。従来のテストでは前述の大学入試のように答えが1つに決まるような問題のみが出題されていたが、最近では、記述式の答えが一つに決まらない出題もなされている。

「あなたは自分を利口だと思いますか?」(河出書房新社)という本が出版されている。この本のサブタイトルは「オックスフォード大学・ケンブリッジ大学の入試問題」だ。

 

面接試験で「あなたは自分を利口だと思いますか?」と聞かれたらどう答えるか。 「いいえ、利口ではありません」と答えたら「ここは利口な人のための大学です」と言われてしまうだろう。 「はい、利口です」と答えたら「謙虚じゃないですね。本当に利口な人は謙虚ですよ」と言われかねない。

 

果たしてどう答えるか。これは正解として答えが一つに決まるような問題ではない。しかも深く思考して論理的に答えなければならない。

 

ほかにも「あなたは自分の頭の重さをどう測りますか」「火星人に人をどうやって説明しますか」といった事例が掲載されている。受験生が面接室に入ると面接官は「そこに顕微鏡があります。覗いてみてなにが見えたかを教えてください」と言った。そう言われてびっくりした。動揺しながら顕微鏡を覗いたがなにもみえない。どうしたらいいかと考えていたら試験時間が終わってしまった。これは、オックスフォードを受験した日本人学生の話である。

 

ディベートをみて「あれは口先三寸だ」と揶揄する人がいるが、中途は半端な知識で対応していたら相手に負かされてしまう。

 

昨今、注目を浴びている国際バカロレア(IB)のプログラム(DP)の核となる「TOK(Think of Knowleage)」では、生徒が発言する、その知識が正しいものなのかを問うことがある。そして常に発言には理由を求められる。だから生徒たちは「なぜならば~」と答えることを常に心がける。そして、中途半端な知識で知ったかぶりのような発言はなくなる。

 

先日、息子の小学校が「学校公開」とのことで様子をみに出かけた。小学5年生の教室である。黒板の上に「はい(いいえ)。~だと思います。なぜならば~」と書かれた色紙が掲げられていた。残念ながら教師がそういった答えを児童に求めるような発問がなされなかったが、すでに日本の公立小学校でも「なぜならば~」が展開されている。意外と導入が早い。

 

学習指導要領に「アクティブラーニング」を導入する動きがあり話題になっているが、いま、小学校、中学校には「総合的な学習の時間」が導入されている。ここでは一つの教科・科目にとらわれない、複数の教科・科目を扱ったりフィールド学習などを行ったりしている。チームで発表もすれば地域にも出ていく。逆に地域の方々が授業に参加をすることもある。その地域の昔の姿を伝えたり昭和の家電用品を通して当時の生活を語ったりしている。つまり、すでにアクティブラーニングはなされているのである。

 

実は、小学校、中学校の段階では、大学で新しく展開しようとしていることや求める人材の変化にともなった教育や試験を先取りしているところがある。しかし、それが高校段階ではなかなか実施されようとしていないのである。高校にも「総合的な学習の時間」はある。スーパーサイエンスハイスクールスーパーグローバルハイスクールに採択された高校では、理科の研究や探求型学習が展開されているが、ほんの一部に過ぎない。

一方で、高校生の学習時間が少ないことが懸念されている。中央教育審議会では2006年の古い資料が使われているが、全国普通科高等学校校長会がアンケートをとったものを見せていただいた。学力上位層はそれなりに勉強しているものの、中下位層は一日1時間の勉強すらしない人が多い。

 

大学入試が緩和されて、特に勉強で努力しなくても大学に入学できるようになった影響が大きいと言われている。つまり、高校での教育は大学入試のためのものであり、元来の教科の面白さや教養を広げたり深めたりするものではなかったのではないかといった意見もある。こうしたことから、高校生の学習意欲や姿勢が十分なのかといった懸念が出てきた。

 

こうした背景の下で、現在、政府や文部科学省が大学入試を変えていこうとしているのだ。そして、最近では「大学入学者選抜試験(大学入試)」といった考え方から「高大接続」といった概念が用いられるようになっている。必ずしも大学が試験によって一方的に選抜するのではなく、高校での学習状況や意欲などを考慮して大学に進学させようということである。こうした考えも、いまの親世代が大学受験の頃にはなかったことである。

 

第2回では、こうした親世代といまの高校生の受験状況の変化について解説をする。